子どもの頃、父が行きつけにしてた焼き鳥屋の匂いが、鼻腔の奥に残っている。
今じゃ当たり前に、どこの焼き鳥屋でも出入りするオヤジの僕だけど、あの匂いの記憶は特別なのである。おそらくそれは、ノンベの読者諸兄に限らず、女性の方々もご同感じゃないだろうか。
タレと脂が炭火で焦げる香ばしい匂い、暖簾の向こうの大人たちの赤ら顔と嬌声……店の格子戸の隙間から覗きこんだ光景は、少年の僕にとって禁断の薗だった。
「女や子どもの行く店とちゃうぞ。大人になったら、連れてっちゃるけん」
昭和一桁生まれの厳格な父だったけど、その言葉尻には、どことなく嬉しげな響きがあった気がする。
その時以来、僕は焼き鳥にずっと憧れ、大人になってからは全国各地の酒とともに、絶品かつ珍味な焼き鳥を堪能してきた。
北海道の純吟赤鶏、青森のしゃもロック、秋田の比内鳥、高知の土佐ジロー、宮崎の日向赤鶏と、枚挙にいとまがないほど食べてきたけど、そんな中で記憶に濃いのが、長野県の木曽福島で食った天然のキジ(雉)焼きだった。
晩秋に訪れた木曽福島は七色の錦繍に包まれて、町を二分するように流れる木曽川の渓流は冷たく澄んでいた。その伏流水を使って仕込む地酒は、言わずもがな絶品だった。
古びた伽羅色の酒蔵を取材していた僕は、その蔵元の若社長にキジ焼きをごちそうになったわけだが、「あ~、ぜったい食いてぇ~!」と先方にオネダリするきっかけとなった話を紹介しよう。
|