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ぐるっとニッポン! 酒と肴のグルメエッセイ

菊水酒造に入社する前、12年ほど日本酒ジャーナリストとして全国の地酒と酒蔵をレポートしていた。そんな風来坊が“日本酒こそが天職”と意を決し、とうとう蔵元の門を叩いたわけだが、各地の美味しい酒と料理、なるほどの生活習慣、愉快な人たちとの一期一会は、私の中でとっておきの思い出になっている。おりしも「そのオイシイ話をしまい込んでいるのは、もったいないですよ!」とメトロガイドさんからお声掛けいただき、エッセイを連載させていただくことになった。


長野県地図 木曽福島

「木曽酒とキジ焼き」


子どもの頃、父が行きつけにしてた焼き鳥屋の匂いが、鼻腔の奥に残っている。
今じゃ当たり前に、どこの焼き鳥屋でも出入りするオヤジの僕だけど、あの匂いの記憶は特別なのである。おそらくそれは、ノンベの読者諸兄に限らず、女性の方々もご同感じゃないだろうか。
タレと脂が炭火で焦げる香ばしい匂い、暖簾の向こうの大人たちの赤ら顔と嬌声……店の格子戸の隙間から覗きこんだ光景は、少年の僕にとって禁断の薗だった。
「女や子どもの行く店とちゃうぞ。大人になったら、連れてっちゃるけん」 昭和一桁生まれの厳格な父だったけど、その言葉尻には、どことなく嬉しげな響きがあった気がする。
その時以来、僕は焼き鳥にずっと憧れ、大人になってからは全国各地の酒とともに、絶品かつ珍味な焼き鳥を堪能してきた。 北海道の純吟赤鶏、青森のしゃもロック、秋田の比内鳥、高知の土佐ジロー、宮崎の日向赤鶏と、枚挙にいとまがないほど食べてきたけど、そんな中で記憶に濃いのが、長野県の木曽福島で食った天然のキジ(雉)焼きだった。
晩秋に訪れた木曽福島は七色の錦繍に包まれて、町を二分するように流れる木曽川の渓流は冷たく澄んでいた。その伏流水を使って仕込む地酒は、言わずもがな絶品だった。
古びた伽羅色の酒蔵を取材していた僕は、その蔵元の若社長にキジ焼きをごちそうになったわけだが、「あ~、ぜったい食いてぇ~!」と先方にオネダリするきっかけとなった話を紹介しよう。


キジ焼きには、木曽酒
画:玉津島 壽彦

若社長が幼少の頃、秋になると、夜な夜なお父上が(つまりは、先代の社長さん)酒を入れた角樽を抱えて、山に入って行ったそうだ。夜毎、ご近所の男たちと酒蔵の前で待ち合わせ、漆黒の闇の中、懐中電灯を手にして獣道を登って行く男たちに、若社長はただならぬムードを感じて、「お父さんは、何をしに行くの?」と母親に訊ねたそうだ。
「子どもの行くところじゃないよ。とっても、おっかない場所だ」と脅され、むろん父上も、連れて行ってはくれなかった。
そして高校生になったある日、「そろそろ、よかろう! 酒樽をかついで、ついて来い」と父に許され、真夜中に家を出発した。
明けやらぬ東雲の空を仰ぎつつ、深閑とした山懐に辿り着くと、焚き火がおこしてあった。その傍で、大人たちが何やら面を突き合わせるようにして集まっている。思わず武者震いしながら覗き込んでみると、一羽の大きな鳥をさばいていた。
焚き火の明かりに浮かんでいたのは、罠を仕掛けておいて獲った、見事な極彩色のキジだった。
「焚き火に炙られ、脂がしたたっていた新鮮なキジ肉のうまさを、私は今も忘れられません! キジの肉があれほどジューシーと実感したのは、初めてでしたよ」と興奮気味に若社長は語ってくれた。
ちなみに、晩秋のキジ焼きは山国・木曽福島の人たちにとって、先祖代々からの楽しみであり、大事な蛋白源なのだ。
「そんな脂の強いキジ焼きには、旨味ののった濃い味の木曽酒が合うんです」と、若社長は地元のジビエ(野生の獣)料理を食わせる居酒屋に私を誘った。
熊、ウサギ、鹿など、さまざまなメニューの中から、やっぱりコレ! と私はキジ焼きを注文した。
年季の入った店のカウンター席のそこかしこには手垢と脂がしみていて、ツヤツヤした飴色の店内に感心しきりの僕を見つめながら、若社長が言った。
「実はね、この店には子どもの頃から来たかったけど、親父に『ガキの行く店じゃねえ!
一人前の男になったら、自分で食いに行け』と一喝されましてねぇ」 なるほどねぇ、僕と同じなんだ。
つまるところ、焼き鳥屋ってのは大人じゃないと行っちゃいけないという通念が、昭和の時代にはあった気がする。
炭火で炙ったキジからしたたる、金色の脂! ピカピカ輝く胸肉にかぶりつくと、香ばしい香りと肉汁があふれんばかりに広がり、その柔らかな弾力の虜になってしまった。
「こいつには、“木曽のひやおろし純米酒”ですよ」
おお! 秋に楽しむ限定酒“ひやおろし”は、まさに旨味がたっぷりとのった酒! 
ひと夏をじっくりと熟した木曽の酒は、キジ肉の脂を包み込むように、五臓六腑にしみわたったのだ。



玉津島 壽彦 ─Profile─

1959年 香川県高松市出身。新潟県新発田市の菊水酒造株式会社勤務。過去にコピーライター、クリエイティブディレクター、マーケティングプランナーを経験した後、フリーの日本酒ジャーナリストとして全国の酒造メーカーを訪問。取材した蔵元は400社を越え、さまざまな切り口から日本酒、特に地酒の啓蒙活動に尽くす。作家・エッセイスト「高槻 新士」の横顔も持ち、2001年には筑摩書房が主催する太宰治賞で、投稿作品「銀人」が受賞候補に選考されている。

菊水酒造株式会社HP→http://www.kikusui-sake.com/home/index.asp
無冠帝HP→http://www.mukantei.com/home/index.html


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