今月のメトロガイド 料理レシピ
メトロガイド>日本周遊記



「遠いから、まだ行っていない歴史のまちへ」
~寺町めぐりと新宮城跡を歩く~(後編)

平日の朝8時。眼前の丹鶴商店街には通勤や通学の人影もいくらか見ることが出来る。
誰にも訪れる平等な朝。ただ、この日はいつもと違った。
「この日は」というのは語弊があるのかもしれない。
そもそも昨日と今日はいつだって違うわけであり、さらに言えば1秒前と今は違うのである。しかし、日常という大きな流れは知らずに私たちを日々の見えない枠に押し込めてしまう。いや、もしかしたら自分たちでそれを作り出し、自ら枠にはまっているのかもしれない。それはその方が考える必要がなく、「楽」だからだ。

熊野の原点と神秘の巨石

熊野大神が熊野三山として祀られる以前、最初に降臨された場所として、今なお三山と同じく篤い信仰を集める神倉神社。
身分の高い者もここで馬を降りたといわれる橋を渡り、少し進むと急な石段が姿を現した。 538段とも言われるこの急な石段は、まず東京では味わうことは出来ない。
何せ神社にもエスカレータが設置される時代だ。ひぃひぃ言いながら、ふと後ろを振り返ると年配の参拝客が次から次へと上っている。信仰の賜物か、はたまた日々の538段のおかげか。この土地のお年寄りは非常に元気である。 ようやく頂上にたどり着いた旅人を迎えていたのは、巨大な「カエル」だった。 ゴトビキ(=カエルの意)と名付けられたこの「ゴトビキ岩」は古代からのご神体で、神が鎮座する磐座(いわくら)として崇拝されてきた。熊野大神はこの「カエル」に腰を下ろし、新宮の地を見渡したのだろうか。頂上から見る景色は、熊野灘がキラキラと輝く変わらぬ風景・悠久の歴史を思わせてくれた。 しかし、旅はこれで終わりではない。上ったということは、下りなければならないのだ。 急な階段は上るより下りる方がはるかに怖い。高さがストレートに視覚に飛び込んでくる。恐る恐る下りながら、ふと一つの言葉を思い出した。
「御燈祭り」。毎年、2月6日に神倉神社で行われる火まつりだ。
勇壮な火まつり「御燈祭り」
女人禁制で白装束に身を包んだ男が老若問わず松明を持ち、何千人という単位で暗闇の中この石段を駆け降りる。新宮節の一節でも「山は火の滝、下り龍」と謡われるその勇壮な姿を思い浮かべると、白昼とはいえそのような原始信仰の舞台となる石段を踏みしめている喜びとともに、下り龍とは呼べない速度で下りている自分が少し情けなくもある。
この祭りは男性であれば、誰でも参加することが出来る。
ここにも熊野の懐の広さを感じた。

神倉神社
住 所 〒647-0044 和歌山県新宮市神倉1-13-8
電 話

0735-22-2533(熊野速玉大社)

※参拝自由

パワースポットで正式参拝

熊野信仰のルーツを身をもって体感し、いよいよこの旅の目玉、パワースポット・熊野速玉大社に足を踏み入れた。大鳥居をくぐると、出迎えてくれたのは平重盛が手植えしたとされ樹齢千年近くを誇る大きな梛(ナギ)の木。
熊野三山の神木でもあるナギは、熊野水軍を統率する立場にあった熊野別当の本拠であった新宮の地において、「椥(ナギ)」は「凪(ナギ)」であり、非常に重要な役割を果たしていたと思われる。また、ナギの葉は縦に強い葉脈が走っており、引っ張ってもなかなか切れないことから「縁結び」にご利益があり、さらには「円結び」ということで財布などに入れておくのもいいとかという噂も。熊野らしい懐の広さをもったスーパーパワースポット・熊野速玉大社のすごさは、ナギの木一つでも感じることが出来る。 さらに奥に進むと綺麗な社殿に目を奪われる。境内では最近話題の御朱印や、豊臣秀吉や武田信玄も使用し三山それぞれのものを集めて厄除け・家内安全にご利益があるといわれる「熊野牛王符(くまのごおうふ)」などを手に入れることもできるが、やはり由緒正しい速玉大社に来たからには体験しておきたいのが正式参拝。
希望によりなんと前編で紹介した熊野曼荼羅の絵解きまでしていただけるという。せっかく足を運んだからには是非体験しておきたい。 また、敷地内には1000点におよぶ国指定文化財を所蔵した「熊野神宝館」もあり、当時の貴重な生活道具などを目にすることが出来る。

熊野速玉大社
住 所 〒647-0044 和歌山県新宮市新宮1
電 話

0735-22-2533

営業時間 6:00~18:00(日の出から日没まで)
※熊野神宝館9:00~16:00  入館料500円別途
定休日 年中無休

水の国・わかやま
熊野速玉大社を後にするとすぐ、大きな川が広がっている。この地を太古の昔から支えてきた熊野川。 水は命の源であり、また自然であるがゆえに時に牙をむくこともある。水運で栄えた新宮にとって水とともに生き、また水の神を鎮めるために後述の阿須賀神社などがこのような河口の近くに建立されているのも、ごく当然の流れなのかもしれない。そんな新宮の人々の知恵は熊野川と熊野速玉大社の程近く、川原家横丁にて見ることが出来る。川を使って物資を運搬していた新宮の人は熊野川の氾濫に対する知恵を持っていた。それは釘一本使わず、有事での組み立て・解体を簡単にすること。現在のプレハブ住宅の原型ともいえるこの住宅は、江戸時代から昭和の初め、つまりほんの100年ほど前までこの川原町に立ち並んでいたという。なお、現在は土産物屋やカフェなどが立ち並ぶこの川原家横丁でも週末は熊野比丘尼による絵解きを見ることが出来るので、熊野速玉大社にお参りに来た際には立ち寄っておきたいスポット。
また、その熊野川の地下水を使って上質な酒を造り続けているのが創業明治13年の尾﨑酒造。看板商品である「太平洋」の他、「熊野三山」は華やかな香りが評判の一番人気商品。こちらも水の国・わかやまを感じるには外せないスポットだ。
川原家横丁
住 所 〒647-0002 和歌山県新宮市船町1-2-1
電 話

0735-23-3333(新宮市役所商工観光課)

営業時間 店舗により異なる
定休日 店舗により異なる
尾﨑酒造
住 所 〒647-0002 和歌山県新宮市船町3-2-3
電 話

0735-22-2105

営業時間 お問い合わせください
定休日 お問い合わせください

新宮人の気質“新物食い”
538段の石段から始まり、熊野三山がいい食前酒として機能してくると、いよいよお腹が空いてくる。新宮といえば「めはりずし」や、海の幸を利用した「なれずし」、「茶がゆ」などが有名だが、お昼にお邪魔したのは、なんとフレンチ。そう、実は新宮は“新物食い”と言われ、とにかく新しいことが大好き。県内でも屈指の飲食店激戦区なのだ。今回お邪魔したお店「イル・ド・フランス」も、もともとは仕出し屋から始まり今はフレンチ、息子さんは中華が専門とのこと。早くいかないと中華料理屋になっているかもしれません。
この日頂いたのは日替わりランチ。地元の柿や鴨をつかった前菜プレートから始まり、地元の人は学生時代必ずイモ堀りに行くという有名スポット・広角のサツマイモを使ったスープ、そしてサーロインステーキ。美味でございました。
また、ここのマスターは大のお城好き。構想10年・制作4年の歳月をかけた新宮城のジオラマが店内にあり、明治8年に取り壊された天守閣を見ることはもちろん、お店が混んでいなければマスターの熱い話を聞くことが出来る。
近年はVRなどにより、復元したお城の姿などを見ることが出来るところも増えているが、こういったアナログジオラマで歴史に思いを馳せるのも、また旅の醍醐味なのかもしれない。

日替わりランチ2400円(税別)
マスターによるジオラマは圧巻
イル・ド・フランス
住 所 〒647-0002 和歌山県新宮市新宮7697
電 話

0735-22-2365

営業時間 11:30~13:30、17:30~20:00
定休日 月曜

新宮・水野氏の治世に触れる

マスターの熱い思いを胸に、いざ新宮城跡へ。
現在は丹鶴城公園とも呼ばれているが、「丹鶴」とは、源頼朝・義経兄弟の叔母である丹鶴姫を指している。熊野別当と関係のあった丹鶴姫はこの地で生涯を終えている。その数百年後にこの地を治めたのが、新宮水野氏である。新宮城は別名「沖見城」とも呼ばれ、港を持っていた珍しい城。海運貿易で栄えた水野氏は3万5千石ながらも10万石に匹敵する力を持っていたといわれ、本丸跡地からは熊野川や熊野灘を一望することが出来る。
しかし、一望できるということはそれだけ高いところにあるということ。
本日、2度目の山登り。しかし、そこは“新物食い”の新宮気質。つい数十年前まで営業されていたという「日本一短いケーブルカー跡」も発見。丹鶴姫の伝説~水野氏、そして現代につながるケーブルカー跡など、約1000年の歴史の蓄積が凝縮された、まさに遺構であった。

新宮城跡
住 所 647-0002 和歌山県新宮市新宮7691-1
電 話

0735-22-2840(新宮市観光協会)※散策自由


歴史のまちは、銘菓のまち
新宮城を下りると時間はそろそろティータイム。スイーツの大好きだった九代目新宮藩主・水野忠央(ただなか)は城下町で菓子の製造を奨励。そのため新宮では和菓子の店が軒を連ねている。なかでも、ひと際混雑しているお店に入ってみる。鈴焼で有名な香梅堂は明治元年の創業。鈴焼を含め、こちらで作っているお菓子は添加物を一切使っておらず、そのため手に入るのはなんとここ新宮のみ。昨今はネット通販やアンテナショップなど、手軽にその土地の美味しいものを手にすることが出来るが、このフワッフワで上品な甘みの鈴焼はここでしか食べられないのだ。水野の殿様によって生み出されてきた新宮のお菓子もまた、ここでしか感じることのできない輝きを放っている。
香梅堂
住 所 〒647-0004 和歌山県新宮市大橋通り3-3-4
電 話 0735-22-3132
営業時間

月~土 8:00~21:00
日祝日 8:30~17:30

定休日

不定休


新宮の神社には遺跡まで存在した
御正体。
鏡=神道の道具に仏が彫られており、
神仏習合の象徴でもある
神話の時代~鎌倉、江戸期、そして現代にいたるまで様々な歴史の香りを色濃く残す新宮において、更に歴史を感じさせるのがこの阿須賀神社。歴史は熊野速玉大社よりも古く、社伝によるとおよそ1世紀の創建。熊野川の河口に位置することから熊野川を鎮めるためと考えられているが、特筆すべきはその歴史遺産の多さ。室町時代の御正体が社殿裏から200点出土したり、弥生期の土器が出土したりと、これらの貴重な品や復元された竪穴式住居も境内の歴史民俗資料館で見ることが出来る。 また、ご神体である裏手の蓬莱山(写真:蓬莱山)は秦の始皇帝に命じられた徐福が上陸した地でもあると言われており、今なお歴史のロマンが息づくスポットだ。
朝霧の蓬莱山
阿須賀神社
住 所 〒647-0022 和歌山県新宮市阿須賀1-2-25
電 話 0735-22-3986 ※参拝自由

※歴史民俗資料館 9:00~17:00 月曜・祝翌日定休 大人別途210円


駅前にそびえるチャイナパーク
太陽の指す光も夕日へと変わり、この旅の最終地として訪れたのは中国だった。  遠くからでもわかるこの町では特殊な建物。中華街のような立派な楼閣をくぐると迎えてくれたのは徐福の像、そして徐福の墓。蓬莱山に上陸した徐福のごとく、旅の最後にここにやってきたのは感慨深いものがある。はるか2000年前、異国の地である新宮を気に入り、数々の伝説を残していった徐福。この日の朝感じた何かいつもと違う感覚、この新宮に流れる特別な時間や空気を徐福も感じ取っていたのかもしれない。ぼんやりとそんなことを考える。徐福が探し求めた不老不死の霊薬・天台鳥薬(てんだいうやく)のお茶を飲みながら。

徐福の墓
徐福像
徐福公園
住 所 〒647-0020 和歌山県新宮市徐福1-4-24
電 話

0735-21-7672

営業時間 8:30~17:30(夏季は7:00~19:00)
定休日 年中無休

夕焼けに染まる新宮駅に滑り込んできた17時30分発のワイドビュー南紀の車内。新宮出身の文豪・佐藤春夫が愛したという鹿六のうな重を食べながら、この旅を振り返る。結局、新宮とはいったいどんなところなのか。もちろん熊野三山の一つ、熊野速玉大社は真っ先に出てくるスポットの一つである。熊野三山巡りの中で新宮の地に立ち寄る人はきっと多いだろう。ただそんな画一的ではない魅力がこの街にはある。その場所その場所で様々な顔をのぞかせる歴史の面影。かたや、現代的にアップデートしていくことに積極的な“新物食い”の気質。それはきっと訪れた人それぞれの持つ原風景や居心地のいい場所が存在する街。つまり、魅力を押し付けてくることなく、その時その人の持った感性にスッと寄り添ってくれる街、それが新宮なのだ。
佐藤春夫が「空青し山青し海青し」と詠った『望郷五月歌』の季節がもうすぐそこに来ている。日常を離れ、電車で乗り継ぎ約5時間半。自分だけの魅力を、歴史のまち・新宮で是非見つけてほしい。

(前編)はこちらからお読み下さい。

(取材/文:mitsu)

ページのトップへ

メトロガイド